2022年度 共通テスト 日本史B 解説してみた。(1)

こんにちは。本日は、2022年度日本史Bを解いて軽い解説(厳密ではないです。)を書いてみたいと思います。

(高校生の時の得意科目が日本史だったこともあり)

*私は、文学部日本史学科ではないので誤植がある可能性もありますが、ご容赦ください。

 

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←問題、ちゃんとした解説はこちら

 

第1問  今年の出題の切り口は、氏姓制度でした。もともと、教科としての日本史では、マイナーなテーマなだけに戸惑った人も多いかもしれないです。

問1 出題文をしっかり読めば、アはできたはず。

   イは迷った人も多かったと思います。近代国家の国民として区別して把握することが日本の国にとって税金の徴収や戦時の兵士の把握に役立っていたことを思い出せれば解きやすかったかも

 

問2 問題文が少し厄介ですが、Xが源(木曾) 義仲 Yが足利 持氏 だと推定できます。

Xは都落ちの部分で Yは室町幕府から支配を任されたことを理由に鎌倉府 将軍と対立して自害のところで永享の乱 が出てくれば解けたと思います。長野県 木曾路の近辺の人は有利だったかも

 

問3 この並び変えは結構素直です。正答率も高かったと思います。

Ⅰが、上方中心の元禄文化 Ⅱが江戸末期 幕府の国防政策のあたり Ⅲが江戸初期の外交に関することなので Ⅲ→Ⅰ→Ⅱ になります。

 

問4 問い方が素直ではない問題です。問題文の嵯峨天皇から弘仁・貞観文化が思い出せて、弘仁・貞観文化晩唐の影響を受けていることと繋げて考えることができれば

aを選ぶことができたはず

cは、割と苦戦せずに選べたと思います。

 

問5 この問題も簡単です。ちなみに、1927年から(正確には1926年12月25日から)が昭和ですね。

 

問6 この問題も単純に考えると解けたと思います。ただ、各時代の氏姓制度からその背景を考察する問題だけに暗記に偏重した学習をした人は苦戦したかも。

 

第2問 テーマは古代の法整備でした。このテーマも日本史受験生の苦手になりやすいテーマの一つです。難問に近いものもあり苦戦した受験生が多かったかも

 

問1 普通の問題ですが消去法で解く必要があり、その点で大変だったかも。

②は、曇徴のところでばつだとわかりますね。曇徴は高句麗の僧侶です。

③は、難しいですが、憲法十七条は600年以降ですね。

④は、明らかに違います。日本は、律令などを学びに行く側でした。

 

問2 古代の仏教からの出題です。この問題も取りたいところ。

8世紀は、戒律や国家による仏教の保護などが大事なポイントです。鑑真は、戒律を授けられる僧侶として招かれていました。

一方の9世紀は、平安の新仏教(真言宗天台宗)、現世利益、密教などがポイントになります。來迎図は、平安後期の浄土信仰のキーワードです。

 

問3 素直な資料問題でした。ちゃんと読めば解けたはず。

 

問4 かなり厄介な問題だと思います。わからなかった人も多かったはず。

  資料を丸暗記している受験生がいない前提で解き方を考えます。

まず、律令と格式の定義を思い出しましょう。律令が物事を大まかに決めていて、格式が施行細則でした。今でいう、一般法である憲法と特別法である民法みたいな関係です。そのうえで、問題を見ると、Ⅲの文章中に令条の期の後とあります。つまり、律令で定められた期間の後と言っているので、律令の施行細則である格式かもしれないと考えられるわけです。そうすると、Ⅲは、延喜式と考えることができます。そのうえで、Ⅱの文章に注目します。そうすると、国造という言葉が出てきます。律令体制が整った時代であれば、国を治めるのは朝廷から派遣された国司であり、国造は、律令体制下では、郡司になっているはずです。そうすると、Ⅱは、律令体制が整いきっていない時代と考えることができⅡは、憲法十七条と考えることができます。そうすると、残ったⅠが養老令ですから、順番は、Ⅱ→Ⅰ→Ⅲになります。ちなみに、憲法十七条は飛鳥時代、養老令は奈良時代(制定は717年 藤原不比等の時ですね)、延喜式平安時代(延喜は醍醐天皇の頃ですね)になります。

 

問5 共通テストでは、一般的な問題ですが、テーマがテーマなので難しく感じるかもしれません。

①は、近江令の存在を思い出せれば正解だとわかります。

③も、三大格式(弘仁格式貞観格式延喜格式)が、いずれも平安時代で9世紀以降の出来事だと気づけばわかります。

④は微妙ですが、②が明らかに違いそうだと分かるので(もし天皇ごとに律令があったら、格式みたいに覚えることがたくさんあることになりますね。)

②が間違いになります。

 

次回は、第三問から解説したいと思います。